城の広間にて。
この城の王――ティレイサの父はオリビアと共に居た。
深いゆったりとした椅子。中央の上座に王が。
オリビアは王の右の椅子に。
オリビアは王の話を聞いていた。
王はティレイサの婚姻の話を。
「悩んでいられるなら」
「しかし…」
王は娘の事を想っている。しかし、城の事も思っていた。
「私は……」
「………」
苦悩する王に、オリビアは静かに告げた。
「王。あなたが決めるんだ。この城を守りたいのなら」
「………うむ……」
静かだが、切り離すような冷たさではない。
「しかし、あなたの娘はただ1人。ティレイサだけだ」
「………」
広間の入口にテオルの姿が見える。
オリビアと王が話をしているのを取り、そっと控えていた。
その姿をちらりとオリビアは視線に捉える。
「決めるのはあなただ」
(分かり切った事だ)
苦悩から苦渋に変わりつつある王を見て、オリビア。
少し言葉を柔らかに、するわけではないが。
「だが、我々はあなたの手助けになる為に、ここに居るんだ。
王よ」
王は初めて顔を上げた。
その王の顔をしっかりと見て、オリビアは席を立った。
広間の入口まで戻り、テオルの所へ。
「マスター」
「どうした?」
「姫の事で少し」
オリビアは先を促すように。テオルは少し含んでこう答えた。
「レディアがいつもの様に、何か思いついたようですよ」
「そうか」
それだけでどんな様か分かった様だ。
「俺は少し王の側にいる。紅とレッチェが戻ったら、…いや。戻ってきたようだな」
「そのようです」
ティレイサが襲われたテラスへと、そのまま紅とレッチェは戻ってきたようだ。
紅の騒がしさと、レッチェ独特の空気感が、
離れたオリビアとテオルの所へも届いたようだ。
「…任せる」
「分かりました、マスター」
オリビアは王の所へと踵を返した。
その姿を一瞬見守り、テオルはテラスの方へと歩き出した。
「あ、テオル!」
やっほー!と。
テオルを見つけて、紅は声を上げた。
レッチェはテラスの縁に背中を預けて、
烏瑪(からすめ)に着けている発信機を見ていた。
「どうでした?」
「うん、あの矢を放ったのは烏瑪っていう変なおじさんだったよ」
「烏瑪?さて…」
テオルも知らないのだろうか、聞きなれない名だとしている。
紅とテオルをよそに、レッチェは手の中の、小さく光り輝くモノを見ていた。
「…今、行先を調べてるんだけど」
レッチェは光り輝くモノ――発信機をじっと見ていた。
「…止った」
「どこ?」
「どこです?」
レッチェはテラスの床に、自身が持っていた地図を広げた。
紅とテオルも広げられた地図を覗き込んだ。
地図の上をレッチェは目で追い、辿っていった。
そして、ある場所を指さした。
「ここって確か……」
「ええ」
「ティレイサの結婚相手の富豪、ディレー氏の屋敷の場所だな」
「どういう事だろう…?」
3人は顔を見合わせた。
「とにかく、今はまず姫の所へ戻るか」
「そうしましょう」
「そうだね!きっと待ってるよ!」
警戒しつつ、ティレイサの待つ部屋へと向かった。
「ほんっと役に立たないねえ…」
「申し訳ありません」
ここは富豪ディレーの屋敷。
その1室。アンティークな家具に囲まれた奥が小上がりになっており、
1つ椅子が配されている。
その椅子に女が座っていた。
金髪をカールボブにしている。袖にレースがあしらわれている、
セミフォーマルの黒のドレスを身にまとい、妖艶に足を組んでいる。
その女の目前に、烏瑪は頭を垂れていた。
「少し邪魔が入りまして」
「ふん」
女は鼻を鳴らして、手を口元に少し持っていった。
「そんな言い訳が立つと思うのかい?
あんな小娘1人始末出来ないなんてね…」
女は心底嫌そうに、眉間に皺を寄せる。
「ディレーは、あの小娘に屋敷に来るように使いを出したようだよ」
(……ならば奴らも来るかもしれないということか…)
「まったく私というものがありながら…」
(それは貴方が仕組んだんだろう……。
ほんの少し持ち合わせた魔人力を使って。
…いや、今はどうでもいい……)
「分かっているね。あの小娘が来たら今度こそ…!」
烏瑪はようやく頭を、と同時に身体も起こした。
「お任せください」
烏瑪はさっと身をひるがえし部屋を後にした。