時は夕刻。紅とレッチェは、オレンジの空が広がる街へとやって来た。1つのビルの屋上。
「わわ!すごーい!ね、レッチェ。ここは?」
「東京だよ」
「へー!」
紅は柵を越えて街並みを見ようとする。
「危ないよ」
レッチェはそれを止めて、隣へと並ぶ。
「ねえ、どうして転移装置はここに繋がってるの?」
「それは…」
レッチェは少し言いよどんだが、紅になら言ってもいいかなと思ったようだ。
「ここに俺の大切な友達がいるんだ」
一陣の風が吹いた。紅の少し重ためな黒髪を、レッチェの透けるような青い髪をそよがせる。
「でも、随分会って無くて」
「どれくらい?」
「1年くらいかな…。ファナイリファビリティーに入ってから、中々会いに行けなくて。何度か会いに行こうとはしたんだけど」
ファナイリファビリティーとは、6惑星の1つ、レガント星に人々の助けとなるために、張り巡らせようとしている機関だ。そこには多くのギルドが属そうとしている。
「そうなんだ。…会いたい?」
「…そうだね。でも、今は先にヒュドラを見つけないと。手負いの竜がこの街に潜んでるなんて」
「そっか。じゃあ、ヒュドラを倒して会いに行かないとね!」
紅のあっけらかんとした物言いにレッチェは和まされる。
「騒ぎになってないって事は、ヒュドラは今、人の姿をしているかもしれない」
「うん。僕の出番だね!」
「頼むぜ」
紅は目を閉じて、竜の気配を追う。同じ竜といえども、紅とヒュドラは同族ではない。しかし、竜の気配は追うことが出来るだろう。紅は全身の意識を街に集中した。数分といったところか。大勢の人間の中から、人ならざる気配がする。1人の男の姿をしている。子供達が集まる学校の近くへと足を進めているのが分かった。
「見つけた!」
「どこだ?」
「あっち!あそこに見える学校の方へ歩いていってるよ!」
「よし、行こう」
紅とレッチェは隣の背の低いビルへと飛び移り、そのまま地に降り立った。
「学校へ向かってるのか…」
「うん、…どうしよう、身体を保つ為に食べるつもりかな…」
「かもしれない」
「急ごう!」
2人は一直線にヒュドラを追った。
夕闇が迫ろうという日暮れどき。風見涼は2階の1年生の教室から、部活を終える頃の剣道部を少しの間見ていた。その部員達も帰る頃。涼はようやく家に帰る気になった。もしかしたら自分も剣道部に入っていたかもしれないと、気にしないようにしようとしても、ふと思ってしまう。3歳の頃から通っていた剣術道場も、この春に辞めてしまった。家に帰っても誰も待つ人はいない。だが、そもそも涼が家に帰っても、母はほとんど家に居なかったし、父は父で涼に関心を示しすぎていた。
1人、廊下を歩いていく。それでも足取りは軽くなく、窓を1つ開けて、そこから正門をみた。そこにはフラフラとした足取りの男が1人、立っている。辺りには誰もいない。
(何だろう?)
涼は何気なくその男を観察した。男は190センチ位の背は高いが、ひょろひょろとして、今にも倒れそうなくらいだった。そして、男は涼の方へと目を向けた。涼と目があった。男はフラフラとしたまま右手を上げた、そしてその手が一瞬ぎゅっと締まったかと思うと、ゾッとするくらい膨れ上がった。
「!?」
涼は、無意識に危険を感じ取り、そこから離れようとした。男はその膨れ上がり2メートルにはなる右手で器用にも地面をつたい、涼の方へと向かってくる。涼は1階への階段を急いで降りた。今まで涼の居た場所まで数秒でたどり着いた男は、窓ガラスをたたき割り、そのまま校舎へと侵入してくる。1階へと逃げていた涼は、開いている教室へと入り込み、息を殺した。男が2階でドンドンと音を立てて、歩いているのが分かる。
(何?何が起きてるの?)
音は遠ざかっていく。しかしすぐには動けない。ドクドクと自分の鼓動が聞こえる。それでも、ここにいてはいけない。
(逃げないと…)
涼は教室から這い出て、廊下の様子を伺った。静かだ。
(今のうちに…)
そう思うや、恐る恐るではあるが教室を出て、そのまま校舎を飛び出した。そして正門へと走った。それを男が見ていた。男はひと声上げ、再び窓ガラスを破壊しつつ、追ってくる。今度は左腕もフラつかせつつ、右腕動揺に、伸縮したかと思えば、ドン!と太い剛腕となり、両腕を使って走ってやってくる。
「!」
涼はあっさり追いつかれる。その腕は涼の脚を捉えようと掴みかかってくる。もうだめだ。そう思った涼の頭上を1人の影が走った。影はその男の腕にアンティーダガーを突き立て、くるりと捻った。男という異形のモノは悲鳴ともいえる声を上げる。影はアンティーダガーを抜き取り、そのモノから離れた。そして涼をかばうようにそのモノとの間に立った。異形のモノは暴れ狂い、男の身体は捻じれ、さらに膨らみ、残り5つの頭を持つヒュドラへと変化していく。
涼はその光景をまざまざと見せつけられていた。
「大丈夫?涼」
声をかけられて初めて気づいた。1度目にすれば忘れることのない。彼の事に。
「レッチェ!」
涼の元へ、紅も駆け付けた。
「立てる?」
「う、うん」
紅は涼が起き上がる手助けをする。レッチェは目の前のヒュドラへと向き直った。冷静な瞳が物語る。
「さて。やろうか」
To be continued