涼は放課後、すぐに書店へと向かった。ケーキの作り方を知るためだった。昨日の夜はスマホで色々とレシピを調べ、寝不足になっていた。そもそもの始まりは親友の言葉からだった。
昨日の夜。SECHS(ゼックス)ハウスのダイニングテーブルで勉強していた涼の隣に、青い髪を太ももまで伸ばした綺麗な親友がすっと涼と反対向きに座った。
「涼ちゃん」
「どうかした?」
涼はレッチェの方を見て。
「明後日さ。俺の誕生日なんだ」
「えっ?」
涼は唐突になされた告白に、パタンと教科書を閉じた。
「ホントに!?」
涼は今まで知らなったレッチェの言葉に驚かされたものの、レッチェの為に何かしてあげたくて仕方がなくなった。
「何か欲しいものある?」
「んー」
レッチェは少し照れつつも、涼に要望を伝える。
「俺、涼ちゃんが作った美味しいケーキが食べたい」
「ケーキ?」
「おう。だって涼ちゃんのご飯美味しいし、涼ちゃんの作ったケーキが食べたい!」
「ケーキかあ」
「どう?」
「そうだな、どんな感じのがいいの?」
「イチゴがたっぷり乗ったクリームたっぷりのがいい」
「…分かった!」
涼はレッチェの申し出を引き受けた。そして。
「そうだ、俺ちょっとやること思い出したから、戻るね!」
「え?もう?」
「うん。じゃ、また明日!」
「お、おう。明日!」
涼は急いで荷物をまとめて青い星の家へと戻った。残されたレッチェはくるっと椅子に座る向きを変えてテーブルに頬杖をついた。そこへテオルがやってきた。
「聞こえましたよ、レッチェ」
「テオル」
「明後日誕生日なんですって?マスター」
「どうした?」
オリビアとレディア、紅もやって来た。
「明後日レッチェの誕生日だそうですよ」
「ホントにー!?」
紅はぴょんと飛び跳ねた。
「レッチェもっと早く言ってよ。水臭いわね!」
もうっとレディアは言いつつ、明後日の誕生日について色々と考え始めたようだ。
「何か欲しいものある?」
「レディアも?」
涼とおんなじこと言うと、レディアの事が少しおかしかった。
「ん。俺は別に…」
(みんながいてくれたらそれでいいかな…)
それは言葉に出さずにレッチェは少し悩んで。
「プレゼントなら何でも嬉しい、かな」
「そう?じゃあ紅、明日一緒にサイフォンの街に見に行きましょ!」
「わーい!プレゼント選びだー!」
「それに誕生日会しましょ!」
女子2人はプレゼントを選ぶことや誕生日会をするのが楽しみのようで、早速計画を練り始めたようだ。わいわいと騒ぎ始めた2人をよそに、オリビアもレッチェに尋ねる。
「それで、本当になんでもいいのか?」
オリビアもダイニングテーブルについた。
「あ、俺ミシンが欲しい」
「具体的ですね」
「ミシンか…」
レディアと紅はもうテーブルを離れて聞いていなかったのだが、オリビアにはちゃんと要望を伝えたレッチェ。
「それでは私は何かいい布を見てきましょう」
「マジで?」
とたんに嬉しくなったレッチェ。前々から服を作るのに興味があったようで、それが意外な応援から実現しそうになり、オリビアにも言ってみるものだと思ったのだった。
時は戻り、涼の放課後へ。
書店でお菓子の本を物色して、1冊を選んだ。そこに載っていたのは生クリームたっぷりでイチゴをふんだんに使ったホワイトケーキが載っていた。涼はお会計をして、すぐにスーパーへと。材料を買い込んで、急いで家へと帰った。ドアを開けてカギを閉めて。靴を脱いで。和室のリビングに鞄を置いて。学ランを脱ぎすて、材料をキッチンに置き一緒に本に書かれたレシピも確認する。
「うーん」
実のところ涼はケーキを作ったことがなかった。というよりも、お菓子を作ったことがなかった。
「えっと」
昔母が稀にケーキを作ってくれたことがあって、その道具が残っているかを涼は確認する。
「ハンドミキサ―発見」
涼は戸棚をごそごそと探り、ケーキを作る道具を揃えていく。
「作るのは明日の朝一にしよう」
そこまで決めて、材料を冷蔵庫にしまい。道具を洗って明日へと備える。
「ちゃんと出来るかな。いやいや。絶対成功させないと!」
誕生日当日の朝。
4時にセットしていた目覚ましが鳴り、涼は飛び起きた。
「んん。早く作らないと…」
伸びをして、ベッドから抜け出す。顔を洗って身支度を整えいざキッチンへ。
早速本を見ながら作り始める。
「きっちりグラムを計らないとね」
お菓子作りは数値が大事とどこかで見たことがある。一つ一つ丁寧に電子軽量機で計っていく。
「よーし!」
涼はボールに卵とグラニュー糖を入れて、ハンドミキサ―で泡立てていく。静かだった朝の時間から、景気よくハンドミキサ―の音がする。
「ここが大事なんだよね」
そうつぶやきつつも、順序良く手順を追い、ケーキ作りを進める。余熱していたオーブンを開け、まずはスポンジを焼くために型に流し込んだ材料をオーブンへ。焼いている間にイチゴを取り出しスライスしていく。包丁の使い方は手慣れたものだ。調子が出てきたのか、スマホで音楽を流し始める。朝の爽やかさも相まって、一段と機嫌がよくなった。クリームも作り終えたところで、チーンとオーブンが鳴る。
「どうだろ?ちゃんと膨らんでるかな?」
熱に気を付けつつ、オーブンから型を取り出した。
「やった!出来てる!」
どうやら成功したようで、綺麗にスポンジが焼きあがった。
「これなら上手く出来そう」
冷ます間に、涼はもう1つの誕生日プレゼントを隣の和室のリビングでラッピングし始めた。テレビゲームが好きな涼だが、レッチェはしないので、プレゼントに少し悩んだ。ゲームなら一緒に遊べるものを買って、一緒に遊びたかったが。涼が選んだのはボールペンだった。涼が使っていたボールペンと同じ、少しいい品を選んだ。
「これ、喜んでくれるかなあ?」
そういいつつも、涼は丁寧にラッピングを終えた。
スポンジも冷めたようで、型から取り出し、慎重に横にスライスした。間にシロップを薄く塗り、生クリームを載せた。
「ちょっと楽しくなってきたな」
お菓子作りが初めてにしては上出来ではないだろうか。イチゴも挟んでまたスポンジを。2段まで出来たらナッペする。ここまで来たらもう一息だ。最後にレッチェ要望のイチゴを乗せまくった。
「出来た!やった!」
少し声が大きくなりつつも、涼は美味しそうなイチゴのホワイトケーキを作ることが出来た。じっくり見ていたかったが、もういい時間だ。箱に入れて、プレゼントを持って。2階の自室からレガント星へと旅立った。
SECHS(ゼックス)ハウスのリビングは飾り付けがなされている。紅とレディアが作った風船まで飾ってあった。
「おはよう!」
涼がやってきた。時間はばっちりだった。
「涼ちゃん」
「レッチェ!誕生日おめでとう!」
涼はレッチェにケーキを渡した。
「わ。ホントにケーキだ!涼~」
レッチェは箱からケーキを出して、ダイニングキッチンの上へと置いた。
「さ。みんな揃ったわね!始めましょ!」
レディアの合図で、レッチェの誕生日会が始まった。
「レッチェ、誕生日おめでとー!これ、レディアと一緒に選んだんだ~」
「さんきゅー」
レッチェは紅から誕生日プレゼントを受け取った。
「開けていいの?」
「いいわよ」
レッチェが開けると、中にはシルバーの蝶をモチーフにした髪飾りが入っていた。
「えー。可愛いじゃん!」
「素敵でしょ?」
早速レッチェは髪につけ始めた。
「あとこれもな。少し重いぞ」
オリビアは席を立ち、レッチェに大きな箱を渡した。
「うわ、本物だ」
レッチェは10キロはありそうな箱を受け取った。中身はもちろんミシンだ。
「職業用にしといたぞ」
「マジで本格的なやつじゃん」
「これでいい服を作ってくださいね」
「テオルまで…。俺こんなにプレゼント貰ったの初めてだ…」
「よかったわね!レッチェ」
テオルからはべっ甲色の布と黒の布を貰った。ひとしきりプレゼントをもらったレッチェは、いつもより瞳をうるうるさせている。それを見て、涼はもう1つのプレゼントを渡すのを少しためらってしまった。
「さ、早く食べましょ!」
レッチェは席に戻り。みんなでご馳走をいただいた。
「涼」
「うん」
涼は綺麗にケーキを切り分けた。
「涼ちゃん食べていい?」
「もちろんだよ」
「いただきます」
レッチェは少し小さい口を大きくあけてケーキを頬張った。
「んー!美味しい!」
その言葉を聞いて涼は安心すると共に。
「でしょ?」
と。初めて作ったケーキ。親友が喜んでくれることが何より嬉しかった。
「旨いな」
「本当に」
「涼、後でレシピ教えてね」
「いいよ」
「ボクも作りたい―」
レッチェは嬉しかった。初めてこんなに大勢の人に誕生日を祝ってもらうことが出来た。ここへ来て本当に良かったと。
自室に戻ったレッチェはベッドに腰かけている。レッチェの左隣には何かの気配がする。
『良かったわね』
「うん」
『でも言わないつもりなの?』
「……」
『言わなくちゃダメだよ』
「分かってる…でも今はまだ…」
そんな時、コンコンコンとドアをノックする音が聞こえる。
「レッチェ、入るよ?」
「涼ちゃん。どうしたの?」
「うん、隣座ってもいい?」
「どうぞ」
涼は隠し持っていたプレゼントをレッチェに渡した。
「これは?」
「えっと。プレゼント」
レッチェは涼から差し出されたプレゼントを受け取った。開けるとそこには黒に青いラインの入ったボールペンが出てきた。
「これ」
「ちょっとさっき渡せなくて…」
「涼…」
レッチェは優しい笑みを浮かべた。
「ありがと」
「うん」
「最高のプレゼントだよ」
言ってレッチェは涼を抱きしめた。
「俺、これを使って手紙を書くよ」
「手紙?」
「ああ。手紙、こっちに来てからあんまり書いてなかったけど、また書く」
「誰に?」
「ちょっとね…」
「え?もしかして…女の子とか…?」
「うーん」
「ええ!?」
「声が大きいって!」
「誰!?誰だよ?俺知らない!」
「秘密!秘密だから!」
「ええ?教えろよー!」
「やだ!教えないー!」
あははとレッチェの部屋から笑い声がする。1階のリビングでくつろいでいた4人は、その声を聴いて和んだ。
「また来年も祝ってやるか…」
「そうね」
オリビアの言葉に、レディアやテオル、紅も同意した。黒猫のクロはぴょんと、ソファに座っていた紅の隣へと着地する。紅はクロの頭を優しく撫でてやった。15歳の誕生日、おめでとうレッチェ。いつか秘密を話せるその時まで。幸せでいれる時間は彼にはそう長くはなくても。
ハッピーバースデー END
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