満天の星空の下。オリビアとテオルはSECHS(ゼックス)ハウスに帰るべく、バイクによく似た浮遊する代物、アンダートーチを走らせていた。ふいにテオルは尋ねた。
「マスター。あの子を見てどう思いましたか?」
「ピタの事か?」
「はい。なぜ助けたのです?」
「テオルも助けただろう?」
「マスター話をはぐらかさないでください」
オリビアはアンダートーチを運転し前を向いたままだ。答えない。
「私は昔の事を思い出したのではないかと」
「ふ。思い出した?忘れたことなどない」
「そうでしたね…」
テオルからはオリビアの表情を見ることは出来なかったが、オリビアが今どんな顔をしているのかはすぐに分かった。
カルテアの星の崩れかけた王都ディアハイント。炎が星を焼き尽くし最後のこの場所も滅びようとしている。その王都の城の中。10歳のオリビアは走っていた。きっとどこかに父―カルテアの君―がいるはずだと。崩れ行く建物の中にどんどん入っていく。その王宮の藤の間。金髪のショートヘアの美麗の男性と、分厚い長い黒髪のみるからに異質だと分かる男が黒い剣を振り下ろそうとしていた。
「やめろー!」
「!」
驚いたのはカルテアの君だった。黒髪の男は振り下ろそうとしていた剣を止め、オリビアを見た。オリビアは走って父の元へと駆け寄り、父の服をがしっと掴み、その目前の男を睨みつけた。
「オリビア」
「オリビア?コレハ何だ?オルランテ」
「オリビア…」
父―カルテアの君―オルランテはオリビアを抱きしめた。
「ズイブンあっけなかったのは、コレに力をワタシタカラか?」
オルランテは答えない。そして密かに詠唱を始めた。最後の力で。
「オリビア、そうだ私の息子だ」
「父さん…!」
「今まで黙っていて悪かったね。オリビア、私の息子」
オルランテはそう言って、今までで一番強くオリビアを抱きしめ、そしてオリビアに魔法をかけた。
「オリビア、生きるんだ。生きて幸せになるんだ」
そう言ったオルランテの言葉で、魔法は完成した。オリビアの周りに球の膜が張られオリビアを包み込んでいく。
「父さん!」
「愛しているよ。オリビア」
黒髪の男は再び剣を高く上げる。そしてオルランテの首を落とした。オリビアはその瞬間に、その場から消え失せた。
レガント星。雨の中、オリビアは再び姿を現した。転移したのだ。オリビアは動くことが出来ない。あの光景を忘れることは出来ない。身体が震えている。怒りなのか、恐怖なのか。わからない。オリビアの身体を冷たい雨が濡らし、体温を奪っていく。オリビアは動くことが出来ない。それをすぐ側で見ていた人物がいた。紫がかった銀の長い髪の男だ。男は時詠人の力を使い、大人から姿を変え10歳の少年へと変化した。そしてオリビアの前へと姿を現した。オリビアは何も言わずにその少年を見た。
「マスター。立ってください」
「……」
「マスター」
「父さんが…」
「マスター」
「お前は誰だ?」
「あなたをお守りします。立ってください。あなたには使命があります。オリビア・ディアノストレイン」
「ディアノストレイン?」
「あなたの名です。騎士と魔法の星、カルテアの星を統べる者の名です。あなたには使命があります。私がお支えします。さあ立ってください」
オリビアはまだ立たない。だがその瞳の奥には決して揺るぐことのない決意が目覚めた。
「マスター」
「あの男を俺は…」
オリビアの復讐はこの時より始まる。
「ピタは子供だ。子供に罪はない」
「そうですか。なら紅はどうです?」
「紅も同じだ」
「同じ…ですか」
紅・リヴァース。かつてオリビアの父の命を奪った男の名だ。その名を受け継いだ少女の名もまた紅・リヴァースであった。
オリビアはアンダートーチを走らせたかいがあって、予定よりも早くにSECHSハウスへと帰ってくることが出来た。といっても真夜中ではあったが。しかしまだSECHSハウスの明かりはついていた。
「みんなまだ寝ていないのか?」
「さあ。もしかしたらレディアが待っているのかもしれませんね」
オリビアはアンダートーチをガレージへとなおし、テオルと共に家へと入った。
「おかえりなさい」
「ただいま」
起きていたのはレディアだけかと思ったが、レッチェや紅、涼も一緒に起きていたようだった。皆リビングに居る。紅はクロと一緒にソファでうたたねをしている。レッチェは窓を開けて涼んでいた。レディアは涼の隣に、その涼はリビングの床にぺたんと座っている。
「どうかしたのか?」
「ちょっとね。ね、涼。言いたいことがあるんじゃない?」
レディアにそう言われるものの、涼は黙っている。オリビアは涼の前に座った。
「今日、まいごの子が1人いてな」
オリビアは話始める。
「その子は泣きじゃくっていたが、ちゃんと自分の家へ帰っただろう」
「自分の家…」
涼はぽつりと呟いた。
「そして父と母にちゃんと会えただろう」
「…」
「寂しいなら」
「俺の気持ちなんて誰もわからない」
涼は下を向いてオリビアに言った。
「涼、ちゃんと言ってみろ」
「俺の気持ちなんて誰もわからない!」
涼は今度はオリビアの顔を見て怒鳴った。
「そうか」
オリビアは涼の瞳を真正面から見つめた。見つめられた涼はオリビアの瞳を見返した。オリビアは。
「涼。そう思うなら、俺にぶつかってくればいい」
「…」
「俺はお前の気持ちを受け止めてやる。何なら殴りかかってきてもいいぞ」
「そ、そんな…」
涼はオリビアの言葉にびっくりしたが、オリビアが冗談を言っているのではないと分かり、オリビアの言葉を待つ。
「ふ。涼、俺はお前の親じゃない。でも寂しいお前の気持ちならわかってやれる。1人で抱えなくていい。ここには俺たちがいる。あそこでそっぽを向いて話を聞いていない振りをしているお前の親友もな」
「ちょ!」
慌てたのはレッチェだった。
「勝手に言うなよ!」
そう言って涼の隣に寄って来た。
「大体、涼には俺がいるんだから。別にオリビアじゃなくたっていいんだから」
「レッチェ」
「そうですねえ。お母さんもいますしねえ」
「やだ!私はお姉さん!お姉さんだからね!」
テオルの発言に、すかさず訂正するレディア。そんな時に紅の大あくびが聞こえてくる。
「んう。うるさいなあ。ボク眠れないよ」
眠たい目をこすって紅まで起きだした。
「紅。もう寝る時間は過ぎてるわよ。さ、行きましょ」
レディアは紅を部屋へと連れて行った。そんなレディアと紅を見送った4人は。
「オリビア」
「何だ?」
「俺、オリビアみたいに強くなる。強い男になる」
「そうか」
オリビアはふっと笑った。
「もう遅いですからね。子供は寝なさい。私はマスターと一緒にお茶にします」
「えー。俺も何か喉乾いた。何か飲む」
レッチェは立ち上がり、テオルと共にキッチンへと。涼はオリビアが自分に優しい眼差しを向けていてくれることが、くすぐったかったが、とても嬉しかった。
「オリビア…」
「何だ?」
涼はそれ以上は言葉にしなかった。急に父が出来たような、久しぶりの安心感。自然と笑顔になっていた。
「涼ちゃん、何飲みたいー?」
キッチンからレッチェの声が聞こえる。
「今行く!俺手伝ってくるね」
「ああ」
そう言って涼も立ち上がり、キッチンへと向かった。
オリビアは開けっ放しになった窓の外を見た。風が部屋へと入ってくる。これから夏。もっと暑くなるだろう。
眠れる騎士 END