「ねえ、ディレー。私を見て。私の事を」
「ヴァレッタ…」
「ディレー。私の事をよく見て」
「ヴァレッタ…」
椅子に座ったままのディレーをヴァレッタがしなだれかかっている。傍から見れば愛し合う2人の様だが。
「うえ」
「よせ」
人の声がした方を、ヴァレッタが忌々し気に見つめる。
「また、お坊ちゃんかい。それに…」
オリビアは告げる。
「その男から離れてもらおうか」
「ふ、どうしてだい?」
「君のその魔人力の力を使うのをやめてもらいたい」
「…ふ」
ヴァレッタはディレーから身を起した。
「無粋な男だね。これは魔人力とは関係のないものさ」
「ディレーには、他に想う人がいるんじゃない?」
「小僧…」
ヴァレッタは顔をゆがめる。
「あんたたちが、小娘の護衛と言うわけか。人のモノに手を出そうとする薄汚い小娘の…」
「…ディレーを正気にもどして欲しい。そして、あなたも手を引いて欲しい」
レッチェの物言いが気に入らないのか、さらにヴァレッタは顔をゆがめる。
「偉そうに言うんじゃないよ。小僧…ディレーは私が見つけた、私のモノだ。他の女に渡すものか」
「…ディレーは」
「私のモノだ!」
「ぐうう」
ヴァレッタが叫ぶなり、ディレーは苦しみだす。そのうちに目が狂気に満ちてくる。
「!」
「仕方がない」
オリビアは足をトントンと地面につける。が、部屋の外からも、ただならぬ人の気配がしてくる。
「ふふ。どうするんだい?」
「使用人達か…」
ヴァレッタに操られている屋敷の使用人達もぞろぞろと部屋へと集まってきた。
「魔人力…女の人と戦うのは嫌だな」
そう言いつつも、レッチェはヴァレッタかディレー、そして使用人の相手をするか見定めている。
「なら、使用人の相手をしてやれ。傷つけないようにな」
「…ふん」
レッチェはヴァレッタと戦うよりも、使用人をいさめる方を取った。そうと決まると、行動は素早い。アンティーダガーを取り、その柄を持って、使用人達の方へ走った。合計で7~8人。使用人達の足をトンッと止めていく。
「ち。烏瑪では役に立たないはずだよ」
「ディレーを解放しろ」
「お断りだよ」
「そうか…」
オリビアの前に立ちふさがるディレーを、躊躇なく蹴り倒した。
「ぐあ!」
「すまないが、寝ていてくれ」
「ディレー!」
ヴァレッタはディレーに駆け寄ろうとするも、オリビアに捕らえられる。
「くっ」
「悪いが容赦はしない。君も同じだ」
オリビアに捕らえられたヴァレッタは、オリビアの瞳を捉え、腕を逆に掴んだ。
「坊や。私に逆らうとどうなるか。見せてあげよう」
「!」
オリビアとヴァレッタ、ディレーが居る部屋の明かりが、輝きという輝き。息吹が消える。暗闇はやがて赤黒く染まり、小さな隙間も通さない、冷たく鋭いヴァレッタの視野と声だけが存在する。
(空気が)
オリビアはその空間に捕らえられ、息をすることも出来ない。暗闇では何も見ることが出来ない。皮膚を突き刺す鋭い痛み。それだけが感じることが出来ることだ。1分も経っていないその間、オリビアはヴァレッタの鋭い、刃に捕らえられた。
「どうだい坊や。ディレーを諦めてお家に帰るかい?もっとも、もう帰さないがね」
オリビアの意識が遠のきそうになる中。
「オリビア!」
「!」
レッチェの声が耳を突き刺す。
オリビアは自分を掴んでいるはずのヴァレッタの腕を捻り上げ、引きずり倒した。
「ぎゃああ!」
ヴァレッタは悲鳴を上げ、そのままねじ伏せられた。
空間は暗闇が消え、部屋は元の明かりを取り戻し、息吹が戻る。
「オリビア。大丈夫か?」
「ああ」
ヴァレッタの鋭い刃は、オリビアの身体から血を滴らせていた。しかし致命傷ではなく、感覚が戻ったオリビアは平然そうにレッチェに返答した。
「うう…」
ヴァレッタの魔人力が解け、ディレーが目を覚ました。そしてヴァレッタを見る。
「君は…」
「ディレー!私だよ、覚えていないのかい!」
「君は誰だ?」
「ディレー!ぐっ」
オリビアに押さえつけられているヴァレッタは、意識をオリビアに向ける。もう一度魔人力を使おうとしている。
「無駄だ」
オリビアはヴァレッタの魔人力を、ほんの少しの魔法で封じてしまった。
「!な、何!?何だ!?何をした!!」
「これは秘密なんだが。少しばかり魔法が使えてね。力を封じさせてもらった」
「な、何を!!」
「それって本当に解けないものなの?」
レッチェが訝しそうに聞く。
「ああ」
(カルテアの人間以外にはな)
「そう」
「君…」
戦意を失ったヴァレッタに、ディレーが声をかけた。
「君の事を覚えていなくてすまない」
「ディレー…」
使用人達も意識を取り戻し、ヴァレッタは捕らえられた。
「オリビア!」
屋敷から出てきたのはオリビアと、レッチェ。そしてディレー。
レディアはオリビアに駆け寄った。
「大丈夫!ああ、血が…!」
「なんてことは無い」
「まって、今癒してあげる」
レディアはオリビアの胸にそっと手を当てて、集中した。レガント星の力が湧き上がってくる。レディアがオリビアの傷を癒している間に、レッチェとディレーはティレイサの元へ。
「ティレイサ姫!」
「ディレー様。…レッチェ」
レッチェはそっけない態度で、ティレイサを横切り、テオルと紅の元へ。ディレーは姫の側にいる。
「姫。ご無事でしたか」
「ええ。私は…。ディレー様は…」
「私は大丈夫です。それより姫…」
2人は少しばかりのたわいもないとそしていたわりの話をしている。馬車の中で退屈そうに待っていた紅は、今にも飛び出しそうだ。
「それで、どうだったの?ねえ、ディレーさんは?魔人力の人は…?」
「それは帰りに話すよ」
「ええ!そんなあ!」
紅は今にもわめかんばかりだった。
「みなさん」
「はい!はーい!ティレイサ姫!」
紅はついに馬車から飛び出し、ティレイサの前へと出る。
「紅さん。みなさん。本当にありがとう…」
「えへへ」
紅はティレイサを笑顔で返し。
「姫。ご依頼ありがとう!」
ティレイサは紅にぎゅっと抱き着いた。
エピローグ
レガント星の熱帯地域に、ファナイリファビリティーに所属するギルドの1つ、SECHS(ゼックス)の家がある。今日も深夜と言える朝早くから起きて、訓練を理由に出かけていたレッチェが、ようやく帰ってきた頃、紅は愛猫のクロにリビングで餌をあげていた。
「お帰り―!」
「…ただいま」
朝からハイテンションの紅を見て、レッチェは信じられないといった風。
「あら、お帰りなさい!ふふ、眠いんじゃない?」
カウンターキッチンから顔を覗かせるレディアは、あくびをかみ殺したレッチェを見て、おかしそうに言った。
「ほら、起きてください。マスター」
「眠い…」
別段夜更かししたわけでもないオリビアの方が、よっぽど眠そうにも見える。
レッチェは手に持っているものをヒラヒラとさせた。
「何それ!」
「手紙だよ。ティレイサから」
紅の問いにすっと答えたレッチェだが、中々読ませてくれない。
「本当!?」
「見せてよー!」
少し紅をからかった後、レッチェは封を切った。
「拝啓
紅さん。レディアさん。オリビアさん。テオルさん。レッチェさん。
お元気にしておられますか?私はいつだって元気です。
このところ、城では春のあたたかな風が吹いてきています。
この度、私はディレー様と結婚することになりました。
SECHSの皆さんがめぐり合わせをしてくださったお陰だと思っています。
私は皆さんにお会いできた時、無茶だと思うことも、信じて突き進めば、きっといい結果が得られると、教えてもらったように思います。本当にお世話になりました。
皆さんも、どうぞお身体に気を付けて。より一層のご活躍を願っています。
また皆さまにお会いできる日を楽しみにしております。
ティレイサより」
「わー!お姫様、結婚するんだね!!」
「ねー!素敵!」
紅とレディアはきゃーきゃー言って飛び跳ねている。
「そうか…ふあ…」
「マスター。今日は二度寝してはいけませんよ」
手紙を読み終えたレッチェは、レディアにそのまま渡した。
「あら。…大事なBOXに入れておくわね」
「ねー!」
にっこにこの2人をよそに、レッチェは着替えに部屋へと戻ろうとする。
「もう朝食よ!」
「わかったよ」
「そのまま寝ちゃだめよ。ちゃーんと朝ご飯食べるのよ!」
「はーい」
(幸せにね。ティレイサ)
レッチェはレディアの言うままに、渋々だが、着替えてリビングへと戻って来た。
「じゃあ、いただきます!」
「いただきます」
それぞれの忙しい1日が始まる。今日はどんな依頼が舞い込んでくるだろう。
第1章 プリンセス・ティレイサ篇 完