サイフォンの街の近くをのんびりと移動する紅とレッチェ。紅はふんふんと鼻歌交じりで、嬉しそうに腕を振っている。黒い靴が地面をトントンっと鳴らし、足音からでも機嫌がいいのが分かるようだった。一方のレッチェは足音すら立てずに。チャンキーヒールの黒いブーツで歩みを進める。幼い頃からの訓練のたまものか、どんな靴を履いても足音を立てない様だ。見回る範囲はいつも決まっているが、気になる場所があればその都度範囲を広げたりもする。今日は別段変わった雰囲気はないのか、魔物たちも大人しいのか姿を現さない。
「今日も晴れ♪昨日も晴れ♪明日もーハーレ!」
「暑すぎるんだよなあ…」
「ボクは平気!」
「魔物の気配も全然なしだし」
SECHS(ゼックス)ハウスからサイフォンの街へは少しの林がある。そこを既に抜けて、サイフォンの街を2人はぐるりと一周するようだ。街から外は西にリグルデイダの街へと続くあぜ道(その途中や周辺にも村や街が点在している)と草原側。小さな森。その奥の小高い丘。東にはサイフォンの街やSECHSハウスに近いビーチ。そこから流れる人の手によって整備された小川が西へと伸びている。その小川までやってきた2人は少し、いやかなりの勢いで道草をしようとしている。
「紅、ちょっとここで涼んでいこうぜ」
「えー?」
言うより早く、レッチェはブーツを脱ぎ捨て、薄手の靴下を脱ぎ、そっと小川の脇に座った。小川に浸けた足にかかる水が冷たく心地いい。レッチェは伸びをして、リラックしきっている。それを見た紅もまねて靴を脱ぎ、レッチェの隣に座った。
「ここら辺の魔物は全部俺たちが倒しちゃったのかもな」
「ホントに魔物の気配がしないもんね」
「でも今はどこかに隠れてるだけっていうのもあるかもな。繁殖期になるとまた増えてくるんだろうな」
「繁殖期?繁殖期って何?」
「魔物が子供を作るってことさ」
「へー」
紅は感心しきって聞いている。レッチェの方はちゃんと意味が分かっているのだろうか。少し怪しい。
「隠れてる魔物を根こそぎ倒すのも賛成できないね」
「そのままおとなしくしてくれたらいいのにね」
「そうだよなー」
しまいにはレッチェはゴロンと寝そべってしまった。日差しは少しきついが、どこを見渡してものどかな景色が広がるばかりだ。今日もサイフォンの街は平和だということだろう。
ピイン。
SECHS(ゼックス)ハウスの一室。ギルドのコントロールパネルがある部屋から音がした。連絡が入ったのだ。
「おや」
先に気付いたのはテオルだった。庭で涼との剣術の稽古をしていた時だった。
「涼、続けて」
「はい!」
そう言い残し部屋へと。手慣れたものでコントロールパネルを操っていく。届いた情報を元に、少し考えテオルは部屋を出た。
「マスター」
オリビアは玄関ポーチに置いてある椅子に腰かけていた。
「テオルか」
オリビアは目を閉じたまま返事を返す。そしてゆっくりとテオルへと顔を向けた。
「どうした?」
「仕事です」
テオルはオリビアの隣へと座る。
「近くの村、ティティから連絡が。村の周や畑があらされているようです。魔物の仕業ではないかと…」
「そうか」
オリビアはそう呟いて、席を立った。
「いくぞ」
「はい」
オリビアとテオルはその足でティティの村へと向かうようだ。オリビアは涼へ声をかける。
「涼、出かけてくる」
「今日は稽古はお終いにしましょう。代わりにレディアを手伝ってあげるといいですよ」
涼は自分もついていきたかったが、そう言われてしまっては言うことが出来なかった。
「いってらっしゃい!」
代わりに大きな声で2人を見送ることにした。
「あら、出かけるの?」
キッチンにいたレディアが声をかける。
「仕事だ」
「そう。じゃあ涼!こっちは2人で仲良くしましょ」
「えっ」
面食らったのは涼の方だった。レディアの笑顔に少し顔が赤くなるのが自分でも分かる。
「行ってらっしゃーい。早く帰ってきてね、オリビア」
「行ってくる」
「ちょ、ちょっと」
レディアに呼び寄せられた涼はどうしていいものかうろたえるばかりだったが、レディアの方は構わずに夫であるオリビアを見送った。
「いい子にしてるんですよ、涼。怖いお姉さんにくれぐれも注意してくださいね」
「誰が怖いお姉さんよ!ねー?涼」
「ええ!?」
テオルはテオルで涼に言葉をかけ、そのままオリビアと共にティティの村へと向かう。
「さて。急ぎましょうか」
「ああ」
オリビアは玄関を後にし、少しガレージへと寄った。急いだ方がいいと、足になるものを準備する。ガレージにあった乗り物の中で、1つ選んだ。レガント星では珍しい物だったが、どこからかカルテアの星の代物が流れてきている。それをオリビアが最近になってタラントロンという大きな蚤の市で見つけたものだった。カルテアの魔力で動く、バイクによくにた代物だ。1つ違うのはそれが魔力の力で浮遊している事だった。ともすれ、魔力さへあればハンドルを握れる者になら誰でも扱える代物だ。ミラーの代わりに、魔力の文字盤が表示される。それを見ながら近くの状況も読み解けた。オリビアは早速出番だとその乗り物、アンダートーチと名付けたバイクにテオルと乗り、ティティの村へと急ぐのだった。
To be continued