SECHS1長篇小説第16話『青い星の子 3』。

投稿者: | 2021年1月30日

 日が完全に落ち、月明かりが3人とヒュドラを照らす。レッチェはヒュドラへの間合いを図っている。彼の行動認知範囲は広い。幼き頃からの戦闘訓練が彼を彼足らしめている。暗殺技術が彼の唯一無二の力となっていることを、涼は知らない。他のメンバーも知らないことであった。彼の技術は一撃必中。捉えれば、そこから逃れることは出来ない。たとえヒュドラ相手であろうと。

残り5つの首をくゆらせ、こちらを注視しているヒュドラ。その視界にレッチェの後ろにいる紅と涼が入っている。そのことはレッチェも承知している。

(全てやる必要は無い。狙うは核になる首一つ)

レッチェはその首を見分けようとする。が、それがどれか…。そもそも分かっていれば、レガント星に対峙したときに倒せたはずだった。その隙きにヒュドラは尻尾を使って、レッチェ達を弾き飛ばそうとする。レッチェはその場から下がり、涼を庇うようにアンティーダガーをスッと縦に切った。ヒュドラはその刃にぶつかりつつも力技で尻尾をふるってくる。それを機に一気に突進してくるヒュドラ。レッチェは飛ばされずに、その場に留まれたが涼の手を引っ張り。

「紅!涼!走って!」

紅はすぐに反応し、左手へと走った。レッチェは涼を連れて、紅の後を追う。ヒュドラは1度振るった尻尾をさらに振るってくるが、それは3人には届かない。

「涼!どこか広い場所は?」

「校舎を抜ければグラウンドに!」

「ボク、ヒュドラの核が見えないかやってみる!」

レッチェは涼の手を離し、3人は一様にグラウンドへと向かう。

ヒュドラは体制を整えているが、こちらを見ているようだった。

「?襲ってこない」

「紅、足を止めるな!」

「うん!」

レッチェの言葉に紅は再び前を向いた。

3人はグラウンドの中央へとたどり着く。涼は息を整えるのに精いっぱいだ。

「あ、あれは何?」

「あれは…ヒュドラだよ。…ごめん、涼ちゃん。巻き込んじゃって…」

「ボクが核を見つけるよ!」

「核?」

「ああ、ヒュドラは核となる首を攻撃しないと倒せないんだ」

「そ、そう」

涼は何とか理解しようとする。

「涼ちゃん」

「わっ」

レッチェは涼に長さ20センチ程の棒を投げてよこした。

「伸縮性のダガー、フルールだ。柄の部分を押すと、60センチになる。何もないよりまし程度だけど。使って」

「え!お、俺が?」

「出来るだろ?」

「そうなの?」

紅はぱあっと瞳を輝かせた。

「で、でも!」

「無理なんて、言ってる場合じゃないぜ」

涼は手渡されたフルールを見ていたが、決心が決まったのか握りしめた。そして言われたように、柄の部分を押した。シュッと伸びたフルールを手に、レッチェと、隣にいる女の子の顔を見た。

「よし、作戦はこうだ」

レッチェは涼と紅をしっかりと見て言った。

レガント星クラース診療所では、レッチェと紅の帰りを待つ面々が居る。

「お!いい具合に茶が入った」

「もう!のんきね」

クラースがお茶を淹れている間、オリビアとレディア、そしてテオルはクラースの診察室とは別のダイニングで椅子に腰を下ろしていた。

「心配じゃないの?」

落ち着かない様子のレディアの問いに、クラースはさらにのんきに答える。

「なーに。紅1人では心もとないが、レッチェがいるだろ。ああ見えて、かなりの使い手にみえる」

「レッチェか」

そこでようやくオリビアが口を開いた。

「そもそも、どうしてあのヒュドラを追っていたの?」

「今朝、サイフォンの近くの村が襲われました」

「本当か?」

テオルの発言に、クラースが椅子に座りつつ、淹れたお茶を飲みながら聞き返した。

「SECHS(ゼックス)ハウスのモニタールームに、要請が来ていてな。1番近いギルドが俺達だった」

「それでちょっと不機嫌なのね」

レディアは、寝起きがあまりよくないオリビアが早朝からたたき起こされたせいだと、腑に落ちる。

「それで、襲われた村は?」

「残念ですが…しかしけが人は多くは無く、今は都市ティルディルに移されました。あそこには大きな病院がありますし、何かと整っていますので」

「そうか…」

クラースはお茶を一気に飲み干した。

「それでお前たちが」

「ああ。だが…」

「取り逃がしたのね」

テオルは少し肩をすくめ。

「ヒュドラと対峙するのは初めてではないのですが」

「まさか、あんなところに転移装置を置いているとはな…」

「オリビア、そのことは穏便にね」

レッチェを庇うレディアだが、オリビアは苦い顔をした。クラースは告げる。

「転移装置…あんなものを作れるのは、6惑星の1つ、ユセイダの科学者だろう。知り合いでも居るのかね。まあ、居たとしても流通している代物でもなさそうだった。あのお坊ちゃんは色々と複雑そうだ」

お坊ちゃんと、言いつつクラースはオリビアを観た。複雑そうなのはここにもいるがね、と。

「何にせよ、今はあの2人の帰りを待つしかないのね」

レディアは心配していたが、今出来る事は信じて待つことだけだった。

 「ホントにやるの?」

「ああ。そのヒュドラは、たぶん涼ちゃんを追ってくるはずだ」

「俺嫌だよ。食べられるなんて」

「わかってる。ほんの一瞬、ヒュドラの注意を引いてくれるだけでいい」

「その隙にボクがヒュドラの核を見つけて」

「俺が切り落とす」

「上手くいかなかったら?」

涼が不安げにしているのを見て、レッチェは涼の瞳をじっと見つけた。

「その時は俺が何とかする」

「レッチェ」

「でもそうならないように、全力でぶつかるだけさ」

「来たよ!」

紅の言葉を受けて、レッチェと涼はヒュドラを目で確認する。

「少し引き付けてから…」

動くのはその後。レッチェの言葉に涼は頷いた。

ヒュドラはひと声上げた。そして力ずよく、こちらに突進してくる。

「涼!」

涼は2人から離れ、ヒュドラの方は振り返らずに、走った。ヒュドラも方向を変え、涼を追う。

「紅!」

紅は、意識を集中させる。額にブワッと汗が滲む。竜である紅が、竜であるヒュドラの事を見破る。

「右から2つめ!」

 その言葉を聞くや否や、レッチェは風を切って走る。青い影は瞬く間にヒュドラに追いつき、ヒュドラの首を落とした。

ヒュドラは咆哮し、そしてドウと倒れた。

その音で、涼は振り返り、足を止める。紅はレッチェの側まで走ってきた。まだ少し動いているヒュドラを紅は見て、しゃがんだ。そしてヒュドラに手を当てた。何気なくやった行為だったが、ヒュドラはその手に力を覚えた。

「あ、が、…ひ、姫…」

「!」

レッチェは驚いて、紅をヒュドラから引き離した。

「ひ、姫…気を付けなされ。あの男は…」

「な、何?誰のこと?」

姫―6惑星の1つ、リヴァース星の竜帝の24番目の子供である紅。その紅を姫と、ヒュドラは言った。

涼は遠巻きに見ていたが、レッチェと女の子の側までやって来た。

そうして、ヒュドラはこと切れた。身体はうっすらと、やがて塵になって離散した。

「終わったの?」

涼は2人に聞く。レッチェは今のヒュドラの言葉を、紅がどう思うか気になったものの、涼に向き直った。

「終わったよ」

涼はようやくほっとすることが出来た。

「これだけ騒いだんだ。早くここを離れよう。紅」

「え?あ、うん」

紅はレッチェの言葉を聞き逃しそうになりながら、おぼつかない返事をする。

「どこか行く当ては…」

「2人とも、俺の家へ」

「涼。…よし、行こう!」

レッチェは紅の肩を叩いて、こっちを向かせた。

「うん!君の家だね!」

「そういえば名前」

「ボク、紅!紅・リヴァースだよ!」

「リヴァース?」

「?どうかした」

「ううん!何でもない!俺は風見涼。よろしく」

「よろしくね!」

「急ごうぜ」

笑顔に戻った紅を連れて、3人は涼の家へと身を寄せることにした。

To be continued