「さあ、飲んで」
レディアとテオルはティレイサを連れて、ティレイサの部屋へと戻っていた。
大きいベッドの横に2つの椅子がある。
ティレイサはベッドへと座り、その側にレディア。
テオルはその2つの椅子の1つに腰かけていた。
「ん…ありがとう…」
ティレイサはレディアからカップへと注がれた水を受け取り、飲みほした。
「落ち着いた?」
「…ええ……あの…レディアさんとテオルさんでしたよね」
「何でしょう?」
テオルが肯定の意味を込めて、答えた。
「彼らは…レッチェは大丈夫でしょうか?」
「おや、ご自分の心配よりレッチェの心配ですか…」
クスっとテオルは笑った。
「あら?そうなの?」
レディアも少し含みを持たせる。
「いえ…そんな…!そういう意味じゃないんですけど…。私を…守ってくれたから…」
レディアはティレイサの瞳を見てた。
「大丈夫よ。ああ見えて強いから」
隣座っても?
レディアの問いにティレイサはどうぞと。
「ねえ。…プリンセスはどうして…結婚が嫌なのかしら?」
「おや、直球ですねえ」
「もう」
邪魔しないでと言いたげに、テオルへと視線を投げるレディア。
そんな2人のやり取りを見て、ティレイサは少し俯いた。しばらく手にしていたカップを見つめていたが、
少しずつ話をしだした。
「…笑わないで聞いてもらえますか?」
「勿論よ」
テオルも頷く。
「私……恋をしたことがないんです……。恋をしたことがなくて…!」
必死に伝えようとするティレイサの言葉をレディアとテオルは待った。
「バカみたいに思われるかもしれない。けど、会ったこともない人と結婚なんて出来ないわ!
それに、子供の頃から見ていたの。亡くなった母は父と恋に落ちて結婚したのよ。
2人はいつも愛情に溢れていて、とても幸せそうだった。
とても…幸せそうで」
少し涙ぐむティレイサに、レディアはそっとハンカチを差し出した。
「ありがとう、レディアさん…」
ハンカチで涙をぬぐい、ティレイサはベッドから離れ、
キャビネットの上に置いてある少しくたびれたうさぎのぬいぐるみを手に取ってなでた。
「このぬいぐるみ。母のものなの。結婚する前に父から貰ったのだそう」
「可愛いお父様ね」
レディアの言葉に、ティレイサは一瞬だけ口角を上げた。
「私の子供の頃からの夢で…。いつか素敵な人と結婚するんだって…。
でも、そんな母もいなくなってしまって、勇士だった父は見る影もなくなった。
城も傾いてしまって、なすすべもなく父は私を城の為に結婚させようとしているように思えて…」
話終えたティレイサは、少し肩で息をしつつ。
「それでも、私…。父と母の様な、夫婦でありたい。愛のある結婚をしたいんです。
それって…いけないことでしょうか?」
「いいえ。とても大切なことよ」
レディアはティレイサに優しく語り掛けた。
「私も恋愛結婚だから…」
少し頬を赤らめながら指輪をはめている左手を強く握りしめた。
「一方的な恋愛ですけどね」
にっこりと、テオルは言葉を付け加える。
「あら、テオル。何か言ったかしら?」
「ええ。それはもう一方的なものでしたが…」
「何ですって?」
ギリギリと。いつもならここで言い合いになるものの、
さすがにティレイサの前だと思い、レディアは気持ちを抑えた。
気を取り直し、再びティレイサに向き直る。
「プリンセス。いいこと?結婚にも色々な形があるわ。
でもプリンセスが恋をして結婚したいというのは、全くいけないことではない。
あなたのその気持ちを、大切にしてほしい」
「レディアさん…」
ティレイサは、今目の前にいるレディアのその優しい気持ちを感じ取り、
彼女を信じるようだ。
落ち込んでいたティレイサは、少し元気を貰えたようで、笑顔をのぞかせた。
レディアも微笑んだ。
2人が落ち着いたのを見て、テオル。
「気がかりなのは、父親のことですか…」
「…!」
また沈んでしまいそうになるティレイサの背中に、レディアはそっと手を添えた。
「そうね。じゃあこういうのはどうかしら?」
「…?」
「なんです?」
「婚約相手に断られればいいんじゃないかしら」
「…!」
ティレイサは驚いた。
「何を言い出すかと思えば…」
テオルは、あまりいい案だとは思わずに、そもそもそれを案だとでもいうのかと言いたげだ。
「あら、相手からお断りされる方法もありだと思うわ」
「そんなに都合よく…」
「それ、良いですね!」
「…ええ?」
今度はテオルがティレイサに驚く番だった。
「でしょう!」
「はい!」
具体的な案ですらないように思えるテオルは、
2人が意気投合するのが信じられないといった具合だ。
だが…。
(本気の様ですね…)
テオルは仕方ないと言わんばかりだった。
「マスターに話ましょう。そして紅とレッチェが帰って来たら具体案を」
「あら、オリビアなら分かってくれると思うわ」
得意げなレディアに対し、ティレイサの事を任せたテオルは、
外で見張ってくれているオリビアの事を想い、歩き出した。