SECHS1長篇小説第4話『プリンセス・ティレイサ 4』。

投稿者: | 2021年1月5日

 草原を抜け、レッチェと紅は背の高い雑木林へと入った。

紅はトンと。レッチェは音もなく、雑木林の木々へと移る。

2人は手で合図し、矢が放たれたと思われる場所へと急いだ。

木々の上を移動するのに慣れていない紅は、少し危なげだが、

2メートル程離れた後ろからレッチェが隙を見せずに追ってくれていた。

しばらく行くと、レッチェが紅を呼び止め、2人は止まる。

どうやら何か人の気配がするようだ。

目を凝らしてみると、黒い服をまとった長身の細見の男が、木々の枝の上に立ってこちらを見ていた。

「あいつかな?」

「たぶんな」

紅はレッチェに問いかけ、レッチェはその細見の男を見据え目を離さなかった。

少し距離を詰めることにし、男の前に2人は出てきた。

「やあ」

男はさも、道端で挨拶をするかのようにふるまってくる。

レッチェは構わず続けた。

「あんたか。矢を放ったのは」

男はニコリと答えた。

「そうだとも。狙いは正確だった。しかしあてが外れたね」

男がかぶっているシルクハットが奇妙に揺れた。

「君たちはそうだね。姫の護衛と言ったところかな。

しかし、あの城にそんなに腕の立つ護衛がいただろうか。いや、いないね」

しかしずいぶんと幼い。

と男は付け足した。

「おじさんは何が狙いなの!?」

ストレートな紅の言葉に、男は少しショックを受けたようだ。

「おじさん?おじさんと呼ばれるほど年はとっていないよ。

私の名前は烏瑪(からすめ)。聞いたことはあるだろう?」

「ないな」

紅と顔を見合わせた後にレッチェは即答する。

「そうかい、それは残念だ。これからは覚えていて欲しいものだね。君たちは…」

「ボクは」

「てめえに名乗る名前なんてねぇよ」

「レッチェ!」

名乗ろうとした紅を遮り、レッチェは冷たくあしらう。

「青い髪のおじょうちゃん…いやぼっちゃんはレッチェというんだね」

こちらもにこやかな笑顔を見せる。

(レッチェ…?はて、どこかで聞いた名だが…)

「おじさんは名乗ってくれたんだよ?ボクたちも名乗ろうよ」

「……勝手にどうぞ」

小声でしゃべる2人だったが、どうやらレッチェは紅に任せる事にしたようだ。

「おほん。ボクたちはギルドSECHS(ゼックス)!ボクの名前は紅・リヴァース。彼はレッチェ。

お姫さまに、矢を向けたおじさんを捕まえて問いただすよ!」

「紅・リヴァース?…また、冗談を。…まあいいでしょう。

ここで捕まるわけには、こちらとしてもいけないので、抵抗させてもらいましょう」

烏瑪は不意に両手を広げ、呪文を唱えはじめた。

木々が揺らぎ、烏瑪が立っている場所を中心として、四方から魔物が集まってきた。

集まってきたのはグレートアシェと呼ばれる、

レガント星では大地より出(いずる)怪物として、土色をした人型の魔物だった。

大きさ約2.5メートル程だ。歩みはそれほど早くはない。

その20体はいるかと思われるグレートアシェが、一様に木々に登ってきた。

「わあ!」

「魔獣使いか!?」

「そう呼ばれるのは本意ではない…がそれもあるだろう」

「ちっ」

「さあ、大人しく従ってもらおうか」

グレートアシェが素早い動きで紅とレッチェに向かってくる。

2人は目で合図をし、先にレッチェが動いた。

30センチほどのアンティーダガーを手にし、刃を向けた。

レッチェ自身も木々の枝の上ではあるが、駆け出す。目の前に迫るグレートアシェを一閃。

音もなく切り裂いた。

切り口は見事なまでに綺麗で、刃の鋭さもあるが、持ち主の力量によるものだろう。

レッチェは一点を目指している。

紅は、そのレッチェの後を追う形で、下から這い上って枝の上にまで到達しているグレートアシェの胴を殴り、1体を拳だけで粉砕した。

「!?」

さすがに、少女1人に、グレートアシェが粉砕されたことに、烏瑪は驚いた。

「よーし!どんどん行くよ!」

紅は気をよくしたのか、次々にグレートアシェを叩き潰していく。

それを見て、驚きから驚愕へと変わる。

「バカな…」

そのあっけにとられている隙に、レッチェは烏瑪への距離を縮めた。

はっと気づくがもう遅い。

無表情に、近寄ってきた青い髪の少年が、自分に到達する直前に、

アンティーダガーの刃を返し、棟で打ちこんでくる。

烏瑪は足を滑らすようにして、何とか後方に逃げた。

レッチェは、深追いはせずに、烏瑪が元居た場所へと着地し、澄み切った切れ長の瞳で見つめた。

烏瑪はその瞳と目があうと、とたんに戦慄した。

「……ふ……」

紅はその間にも、グレートアシェを倒し続けている。

ようやく残る2体となったところで、えい!っと、可愛い掛け声を出しながら、1体の頭を。

最後の1体の身体の中央を殴り、倒しきってしまった。

「………ふ…ふふふ…」

「?」

グレートアシェを倒した紅は、ぴょんぴょん飛んで、レッチェの側まで来て、

不思議な笑みをたたえる烏瑪を不思議そうに見た。

「……いいでしょう。今日の所はここまでにしておきましょう」

烏瑪はさらに後方へと飛び上がり、

「また近いうちにお会いしましょう。お嬢さんがた!」

そう言って、全力で去ってしまった。

「ええ!?」

慌てる紅に、烏瑪を見つめたままのレッチェ。

「ちょ、ちょっと待って!おじさん!まだ何も話てない!!おじさーん!」

ええー!と動揺する紅は、レッチェにつっかかる。

「レッチェ!おじさん行っちゃったよ!?追いかけないと!」

「いや、いいよ」

紅を見て、ようやく口を開いたレッチェは自分の手の中の物を見せた。

「これ…」

「ちょっとした仕掛け(発信機)…おじさん、案内してくれるといいんだけどな」

「おおー」

瞳をきらきらさせた紅の横を通り過ぎ、もと来た道へと戻ろうとするレッチェ。

「あのおじさんが黒幕とも思えない。自分が主体なら最初からもっと本気で来ただろうけど。

どう見ても雇われてますっていう風体で去っていったしな…」

「そうだね…。うん!それに早くお姫様の所へ戻らないとね!」

レッチェは少し笑みを見せ、紅と共に城へと向かった。

「…ありえない…」

烏瑪は逃げ帰りながら、口走っていた。

(紅・リヴァース?…まさか、あの少女…リヴァース星の竜…!?数ある子供達の中の

…それも…よりにもよって、父親の名を継いだ…!?)

紅・リヴァース。

その名は6惑星の民なら忘れたくても忘れられない。

10年前、1つの星を己の欲の為に滅ぼした、ただひとつの竜帝の名だった。

(それに、あの青い少年はなんだ?何だというのだ!)

烏瑪は己の目にしたことを、今だ受け入れられなかった。