草原を抜け、レッチェと紅は背の高い雑木林へと入った。
紅はトンと。レッチェは音もなく、雑木林の木々へと移る。
2人は手で合図し、矢が放たれたと思われる場所へと急いだ。
木々の上を移動するのに慣れていない紅は、少し危なげだが、
2メートル程離れた後ろからレッチェが隙を見せずに追ってくれていた。
しばらく行くと、レッチェが紅を呼び止め、2人は止まる。
どうやら何か人の気配がするようだ。
目を凝らしてみると、黒い服をまとった長身の細見の男が、木々の枝の上に立ってこちらを見ていた。
「あいつかな?」
「たぶんな」
紅はレッチェに問いかけ、レッチェはその細見の男を見据え目を離さなかった。
少し距離を詰めることにし、男の前に2人は出てきた。
「やあ」
男はさも、道端で挨拶をするかのようにふるまってくる。
レッチェは構わず続けた。
「あんたか。矢を放ったのは」
男はニコリと答えた。
「そうだとも。狙いは正確だった。しかしあてが外れたね」
男がかぶっているシルクハットが奇妙に揺れた。
「君たちはそうだね。姫の護衛と言ったところかな。
しかし、あの城にそんなに腕の立つ護衛がいただろうか。いや、いないね」
しかしずいぶんと幼い。
と男は付け足した。
「おじさんは何が狙いなの!?」
ストレートな紅の言葉に、男は少しショックを受けたようだ。
「おじさん?おじさんと呼ばれるほど年はとっていないよ。
私の名前は烏瑪(からすめ)。聞いたことはあるだろう?」
「ないな」
紅と顔を見合わせた後にレッチェは即答する。
「そうかい、それは残念だ。これからは覚えていて欲しいものだね。君たちは…」
「ボクは」
「てめえに名乗る名前なんてねぇよ」
「レッチェ!」
名乗ろうとした紅を遮り、レッチェは冷たくあしらう。
「青い髪のおじょうちゃん…いやぼっちゃんはレッチェというんだね」
こちらもにこやかな笑顔を見せる。
(レッチェ…?はて、どこかで聞いた名だが…)
「おじさんは名乗ってくれたんだよ?ボクたちも名乗ろうよ」
「……勝手にどうぞ」
小声でしゃべる2人だったが、どうやらレッチェは紅に任せる事にしたようだ。
「おほん。ボクたちはギルドSECHS(ゼックス)!ボクの名前は紅・リヴァース。彼はレッチェ。
お姫さまに、矢を向けたおじさんを捕まえて問いただすよ!」
「紅・リヴァース?…また、冗談を。…まあいいでしょう。
ここで捕まるわけには、こちらとしてもいけないので、抵抗させてもらいましょう」
烏瑪は不意に両手を広げ、呪文を唱えはじめた。
木々が揺らぎ、烏瑪が立っている場所を中心として、四方から魔物が集まってきた。
集まってきたのはグレートアシェと呼ばれる、
レガント星では大地より出(いずる)怪物として、土色をした人型の魔物だった。
大きさ約2.5メートル程だ。歩みはそれほど早くはない。
その20体はいるかと思われるグレートアシェが、一様に木々に登ってきた。
「わあ!」
「魔獣使いか!?」
「そう呼ばれるのは本意ではない…がそれもあるだろう」
「ちっ」
「さあ、大人しく従ってもらおうか」
グレートアシェが素早い動きで紅とレッチェに向かってくる。
2人は目で合図をし、先にレッチェが動いた。
30センチほどのアンティーダガーを手にし、刃を向けた。
レッチェ自身も木々の枝の上ではあるが、駆け出す。目の前に迫るグレートアシェを一閃。
音もなく切り裂いた。
切り口は見事なまでに綺麗で、刃の鋭さもあるが、持ち主の力量によるものだろう。
レッチェは一点を目指している。
紅は、そのレッチェの後を追う形で、下から這い上って枝の上にまで到達しているグレートアシェの胴を殴り、1体を拳だけで粉砕した。
「!?」
さすがに、少女1人に、グレートアシェが粉砕されたことに、烏瑪は驚いた。
「よーし!どんどん行くよ!」
紅は気をよくしたのか、次々にグレートアシェを叩き潰していく。
それを見て、驚きから驚愕へと変わる。
「バカな…」
そのあっけにとられている隙に、レッチェは烏瑪への距離を縮めた。
はっと気づくがもう遅い。
無表情に、近寄ってきた青い髪の少年が、自分に到達する直前に、
アンティーダガーの刃を返し、棟で打ちこんでくる。
烏瑪は足を滑らすようにして、何とか後方に逃げた。
レッチェは、深追いはせずに、烏瑪が元居た場所へと着地し、澄み切った切れ長の瞳で見つめた。
烏瑪はその瞳と目があうと、とたんに戦慄した。
「……ふ……」
紅はその間にも、グレートアシェを倒し続けている。
ようやく残る2体となったところで、えい!っと、可愛い掛け声を出しながら、1体の頭を。
最後の1体の身体の中央を殴り、倒しきってしまった。
「………ふ…ふふふ…」
「?」
グレートアシェを倒した紅は、ぴょんぴょん飛んで、レッチェの側まで来て、
不思議な笑みをたたえる烏瑪を不思議そうに見た。
「……いいでしょう。今日の所はここまでにしておきましょう」
烏瑪はさらに後方へと飛び上がり、
「また近いうちにお会いしましょう。お嬢さんがた!」
そう言って、全力で去ってしまった。
「ええ!?」
慌てる紅に、烏瑪を見つめたままのレッチェ。
「ちょ、ちょっと待って!おじさん!まだ何も話てない!!おじさーん!」
ええー!と動揺する紅は、レッチェにつっかかる。
「レッチェ!おじさん行っちゃったよ!?追いかけないと!」
「いや、いいよ」
紅を見て、ようやく口を開いたレッチェは自分の手の中の物を見せた。
「これ…」
「ちょっとした仕掛け(発信機)…おじさん、案内してくれるといいんだけどな」
「おおー」
瞳をきらきらさせた紅の横を通り過ぎ、もと来た道へと戻ろうとするレッチェ。
「あのおじさんが黒幕とも思えない。自分が主体なら最初からもっと本気で来ただろうけど。
どう見ても雇われてますっていう風体で去っていったしな…」
「そうだね…。うん!それに早くお姫様の所へ戻らないとね!」
レッチェは少し笑みを見せ、紅と共に城へと向かった。
「…ありえない…」
烏瑪は逃げ帰りながら、口走っていた。
(紅・リヴァース?…まさか、あの少女…リヴァース星の竜…!?数ある子供達の中の
…それも…よりにもよって、父親の名を継いだ…!?)
紅・リヴァース。
その名は6惑星の民なら忘れたくても忘れられない。
10年前、1つの星を己の欲の為に滅ぼした、ただひとつの竜帝の名だった。
(それに、あの青い少年はなんだ?何だというのだ!)
烏瑪は己の目にしたことを、今だ受け入れられなかった。