SECHS1長篇小説第3話『プリンセス・ティレイサ 3』。

投稿者: | 2021年1月5日

 ティレイサは城のテラスに出た。空はティレイサの心とは裏腹に、雲一つなく晴れ渡っている。

ティレイサはテラスのヘリに手を置き、呼吸を整えた。

ティレイサが広間から飛び出した後、レッチェはティレイサの傍に居た。

静かに腕を組み、壁に背中を預けている。彼女が言葉を発するのを待つように。

しばらく時が過ぎ、ティレイサは暗い表情を受けべながらも、口を開いた。

「あなた…。そこにいないでこちらへいらしたら?」

こちらは表情1つ変えずに、ティレイサから少し離れた隣へと移動する。

「……恥ずかしいところを見せたわ…」

少しうつ向いたままのティレイサ。

「別に…」

そんなことは無いと言い、レッチェは目の前に広がる草原の遠くを見つめた。

城の前には草原が広がっている。そのもう少し先には、背の高い雑木林が広がっていた。

「私…結婚したくないの…」

話し出したティレイサの言葉に、レッチェは耳を傾ける。

「私…結婚したくないのよ……。この結婚はお父様が決めたこと」

「相手は、富豪のディレーらしいね。君より結構年上だね」

富豪ディレーはレッチェも聞き及んでいる。相当なやり手だそうだ。

「……この城、あまり裕福ではなくなったの。お母さまが亡くなって以来、人々の行き来も少なくなったわ。

お父様もずっと、沈んでいらした。

この結婚をすれば、お父様も少しは喜んでくれるかもしれない。

それに城は潰れなくて済むわ。でも…」

それ以上はティレイサは言わなかった。

彼女なりの理由が何かあるのかもしれない。

レッチェは少し待ったが、彼女は押し黙ったままだ。

「嫌なら…しなくていいんじゃない?」

「え…?」

「何か理由があるのなら、そのお父様に話をすればいい。

娘の話も聞いてくれないほど、頑固なのかい?」

「城が…潰れるかもしれないのよ…お父様はもう、それが頼みなの…。

かつてお父様は勇士であられた…。でも今はもう見る影もない…」

「そんな風に言うものじゃないよ」

「…!分かったような事を言うのね!」

ティレイサは自分の力のなさを嘆いていた。

自分が男であれば、武勇の一つもたて、城を繁栄へと導けたかもしれないのに…と。

その悔し気に肩を震わす姿を見守ったレッチェは、少し言葉をかけた。

「君の父親なんだろう?君の事を受け止める真意はあるはずさ」

「お父様の真意?」

レッチェの方を、涙を浮かべながらまっすぐにティレイサは見つめた。

ティレイサの涙をそっと、指で拭き、レッチェはティレイサの瞳を見つめ返した。

心臓がドクンと鳴ったような気がして、ティレイサは頬を少し赤らめた

と。

草原の目の前の雑木林から一筋の光が放たれた。

その光ま真っすぐにティレイサに向かっている。

レッチェの行動は素早い。

ティレイサの背中から腰に手を回し、さっとティレイサの身を後ろ手に反転させる。

もう片方の手で、小型のトノーナイフを抜き身にし、その光の筋を一刀両断した。

音もなく斬られた光は、一本の鋭い返し刃の付いた矢だった。

ガサリと雑木林の方から、音がした。

「き、きゃあああ!」

ティレイサが悲鳴を上げた。

それと同時に、待機していた紅とオリビア、レディアがテラスへと出てきた。

「毒か…」

オリビアは、落ちている矢に毒が塗られているのを確認し、レッチェに合図を送る。

「紅、行くぜ」

レッチェは紅に声をかけた。

「うん!」

紅は頷き、すぐに雑木林の方へと飛び出していった。

レッチェも向かおうとするが、

「待って!」

レディアに支えられたティレイサが呼び止める。

「傍にいて」

レッチェはティレイサの手を取り、ぎゅっと握った。

「すぐ戻るから」

そうして、レッチェもテラスのヘリを蹴り、雑木林の方へと向かった。

「大丈夫よ。ティレイサちゃん。2人に任せておけば安心だから」

「レディア、ティレイサを連れて城の中に居てくれ。テオルに…」

「私ならここに」

ぬっとテオルが現れ、ティレイサとレディアを城の中へと誘導した。

それを見届けたオリビアもまた、雑木林の方へと足を向けた。