ティレイサは城のテラスに出た。空はティレイサの心とは裏腹に、雲一つなく晴れ渡っている。
ティレイサはテラスのヘリに手を置き、呼吸を整えた。
ティレイサが広間から飛び出した後、レッチェはティレイサの傍に居た。
静かに腕を組み、壁に背中を預けている。彼女が言葉を発するのを待つように。
しばらく時が過ぎ、ティレイサは暗い表情を受けべながらも、口を開いた。
「あなた…。そこにいないでこちらへいらしたら?」
こちらは表情1つ変えずに、ティレイサから少し離れた隣へと移動する。
「……恥ずかしいところを見せたわ…」
少しうつ向いたままのティレイサ。
「別に…」
そんなことは無いと言い、レッチェは目の前に広がる草原の遠くを見つめた。
城の前には草原が広がっている。そのもう少し先には、背の高い雑木林が広がっていた。
「私…結婚したくないの…」
話し出したティレイサの言葉に、レッチェは耳を傾ける。
「私…結婚したくないのよ……。この結婚はお父様が決めたこと」
「相手は、富豪のディレーらしいね。君より結構年上だね」
富豪ディレーはレッチェも聞き及んでいる。相当なやり手だそうだ。
「……この城、あまり裕福ではなくなったの。お母さまが亡くなって以来、人々の行き来も少なくなったわ。
お父様もずっと、沈んでいらした。
この結婚をすれば、お父様も少しは喜んでくれるかもしれない。
それに城は潰れなくて済むわ。でも…」
それ以上はティレイサは言わなかった。
彼女なりの理由が何かあるのかもしれない。
レッチェは少し待ったが、彼女は押し黙ったままだ。
「嫌なら…しなくていいんじゃない?」
「え…?」
「何か理由があるのなら、そのお父様に話をすればいい。
娘の話も聞いてくれないほど、頑固なのかい?」
「城が…潰れるかもしれないのよ…お父様はもう、それが頼みなの…。
かつてお父様は勇士であられた…。でも今はもう見る影もない…」
「そんな風に言うものじゃないよ」
「…!分かったような事を言うのね!」
ティレイサは自分の力のなさを嘆いていた。
自分が男であれば、武勇の一つもたて、城を繁栄へと導けたかもしれないのに…と。
その悔し気に肩を震わす姿を見守ったレッチェは、少し言葉をかけた。
「君の父親なんだろう?君の事を受け止める真意はあるはずさ」
「お父様の真意?」
レッチェの方を、涙を浮かべながらまっすぐにティレイサは見つめた。
ティレイサの涙をそっと、指で拭き、レッチェはティレイサの瞳を見つめ返した。
心臓がドクンと鳴ったような気がして、ティレイサは頬を少し赤らめた
と。
草原の目の前の雑木林から一筋の光が放たれた。
その光ま真っすぐにティレイサに向かっている。
レッチェの行動は素早い。
ティレイサの背中から腰に手を回し、さっとティレイサの身を後ろ手に反転させる。
もう片方の手で、小型のトノーナイフを抜き身にし、その光の筋を一刀両断した。
音もなく斬られた光は、一本の鋭い返し刃の付いた矢だった。
ガサリと雑木林の方から、音がした。
「き、きゃあああ!」
ティレイサが悲鳴を上げた。
それと同時に、待機していた紅とオリビア、レディアがテラスへと出てきた。
「毒か…」
オリビアは、落ちている矢に毒が塗られているのを確認し、レッチェに合図を送る。
「紅、行くぜ」
レッチェは紅に声をかけた。
「うん!」
紅は頷き、すぐに雑木林の方へと飛び出していった。
レッチェも向かおうとするが、
「待って!」
レディアに支えられたティレイサが呼び止める。
「傍にいて」
レッチェはティレイサの手を取り、ぎゅっと握った。
「すぐ戻るから」
そうして、レッチェもテラスのヘリを蹴り、雑木林の方へと向かった。
「大丈夫よ。ティレイサちゃん。2人に任せておけば安心だから」
「レディア、ティレイサを連れて城の中に居てくれ。テオルに…」
「私ならここに」
ぬっとテオルが現れ、ティレイサとレディアを城の中へと誘導した。
それを見届けたオリビアもまた、雑木林の方へと足を向けた。