ヒュドラを倒し、学校を後にしたレッチェと紅は涼と共に、涼の家へと来ていた。もう1時を回ったころか。3人は2階の涼の部屋にいた。ベランダの窓は開いていて、涼しい風が入ってくる。最初に口を開いたのはレッチェだった。
「涼ちゃん…久しぶりだね。こうして…」
「ちゃんと説明してよ」
レッチェの言葉を涼はさえぎった。
「どうして、戻って来たの?どうして…ずっと来てくれなかったの?」
「涼、俺は…」
重苦しい空気になりかけたとき。
「涼ちゃん」
紅だった。
「君に涼ちゃんって言われるのは…」
「涼ちゃんはレッチェと親友なんだよね?」
「!」
「レッチェが言ってたよ。ここに大事な友達がいるって。それって涼ちゃんの事だよね。ヒュドラを倒したら、会いに行きたいって、レッチェ言ってたもん!」
にこにこ話す紅の言葉に、涼はレッチェを見た。
「…そうだよ。レッチェは俺の大事な親友だよ」
「涼…」
「会いたかったよ」
「俺もだよ…。涼、ずっと来れなくてごめん。どうしてた?」
「色々あったよ…。レッチェもそうでしょ?」
さっきまでとは違い、涼は親友の事は何でもわかる様だった。
「話して、涼」
「いいよ…レッチェもね。紅」
「なに?」
「ありがとね、今何か飲み物持って来るよ。何が良い?」
「何でもいいの?じゃあオレンジジュースがいいな!」
「ちょっと待っててね」
「俺も手伝うよ」
「あ、じゃあボクも!」
「なんだよ、それじゃ結局みんなじゃねえか」
「ホントだね」
涼はおかしそうに笑った。結局3人とも1階のキッチンへと降りて来た。綺麗に掃除が行き届いているキッチンの冷蔵庫を開けて涼はオレンジジュースを取り出す。
「レッチェ、その棚の2段目にコップが入ってるから。紅、その白の引き出しにトレイがあるよ」
「おっけ」
「はーい!」
涼は2人に頼んで、用意してもらった。3人はキッチンとダイニングの隣の隣の和室へと移動し、涼がジュースを運んだ。紅は物珍しそうにしている。
「はい、どうぞ」
「ありがとー!」
「ありがと」
紅はさっそくゴクゴクとオレンジジュースを飲んでいる。レッチェは一口もらって、涼の話を聞こうとした。
「俺の両親が1ヵ月前に亡くなったんだ」
「そう、だったのか…」
「その間、ずっと1人だった。今までも1人のようなものだったけど…。でも…今も俺。ずっと1人で…」
「涼、ごめんね」
「どうしてレッチェが謝るの?」
「ずっと来れなくて…来ればよかった…ホントは傍に居たかった。涼に寂し想い…させたくなかった…ごめん」
「レッチェ」
「もう1人にはしない。だから…だから」
レッチェは意を決した様だ。
「今度は俺と来て欲しい!」
「えっ!?」
「涼!今度は俺の所へ来て欲しい!俺、もう涼を1人にさせない!でも、今はこの青い星にずっとはいられないんだ…。だから涼!な、紅!いいよな!1人メンバーが増えても!」
「勿論!それいいアイデアだね!」
「そ、それって…俺がレッチェの所へ行くって…」
「今なら涼ちゃんが使えそうな部屋も1部屋あるし、全然問題ないよー!」
紅はにっこにこで答えた。
「お、俺…」
「いいだろ?学校があるときは学校へ通えばいいし…でもそれ以外は、俺が今居る、レガント星に来て欲しい。涼、一緒に来るって言ってよ」
「レッチェのいる星に…」
涼は瞳が潤んできた。でも涙は見せたくなかったから、どうにか堪えた。
「俺、行きたい。レッチェと一緒に居たいよ」
「涼!」
レッチェは昔と同じように、涼に抱きついた。
「どうやって行くの?」
「これだよ」
「これは?」
「転移装置だよ。これを涼の部屋の姿見に設置しておく」
そう言って、レッチェは姿見に取り付け始めた。不思議そうに見守る涼と、それを楽しそうに見る紅。
「これでよし」
「それで、どうするの?」
「この姿見に手をやると、俺達の今居るSECHS(ゼックス)ハウスに通じるようにする。ゼックスっていうのは俺達のギルドの名前な」
「うん」
「涼、今から行ける?」
「明日は、土曜日だから学校は休みだよ」
「じゃあ、行こう!」
「レッチェ…」
涼はレッチェを信じた。自分を真正面からしっかりと見てくれている。レッチェは涼に手を差し出した。涼はその手を握り返した。
「紅」
レッチェは紅に肩に手を置くように合図した。
「はーい!」
紅はレッチェの肩に手をやり、レッチェは静かに鏡に触れた。3人の身体は淡い光に包まれて、そのままその場から消え失せた。
「涼、もう目を開けても大丈夫だぜ」
その言葉に、涼は恐る恐る目を開けた。そこは林の中で、澄んだ空気のような気がした。。時間は真夜中だろうか、辺りは暗く、空を見ると、輝くばかりの満点の空だった。
「涼、こっちだ」
「待って」
レッチェはオリビア、テオル、レディア、そしてクラースが待っているであろう診療所へと向かった。レッチェが向かった先には、小さな明かりが灯っていた。オレンジの屋根に白い外壁のこじんまりとした診療所だ。しかし、設備は整っている。
「ただいまー!」
紅が勢いよく、扉を開ける。
「紅!レッチェ!無事だったのね!」
心配していたレディアは2人の無事が確認できて安堵した。オリビアも口には出さなかったが、同じ気持ちだ。
「ただいまレディアちゃん」
「まったく一時はどうなることかと思ったが、よかったよかった」
クラースがオリビアの肩に手を置く。
「他にも誰か?」
テオルはもう1人いる気配を悟り、2人に尋ねる。
診療所の中にいるレッチェは、後ろにいる涼にも入ってくるように促した。涼は少しばかり、緊張気味に診療所へと入って来た。
「あら!」
「こ、こんばんは」
「どうしたの?この子」
可愛い子ね、とレディア。
「名前は?」
オリビアは涼に尋ねた。
「ほら」
レッチェが涼にさらに促した。涼は意を決して話し出した。
「俺、風見涼っていいます!」
「涼は青い星の住人なんだ。でも今日からこのSECHS(ゼックス)のメンバーに入れたいんだ」
レッチェは言葉を挟ませずに先に、言い切った。
「よろしくお願いします!」
涼はそのままお辞儀をする。クラースやレディアは顔を見合わせた。
「青い星の子がか…」
オリビアがそう呟いた。レッチェはすんなり行きそうにないか?と、オリビアと構える姿勢をとろうとしたが。
「まずは事情を聞かないとな」
「ホントに?」
意外な答えが返ってきてレッチェは少し面食らった。
「涼ちゃん!」
紅は涼に椅子に座って話そうよと、椅子を引いた。涼はまだ緊張していた。
「心配いらない、取って食おうなんてしないから。話を聞かせてもらうだけだ」
オリビアの優しい声にほっとして、涼は話をしだした。
「なるほど」
オリビアとテオル、レディアとクラースは話を聞き終えた。
「紅はどうする気だ?」
「ボクは涼ちゃんに入ってもらいたいな!これで全員で6人になるし!」
「涼の事は俺が面倒を見るし、いいだろ?」
オリビアは少し考えたようだが、答えは出ている様だった。
レッチェは3人の返答を待った。
「涼」
「はい!」
「ふ、良い返事だな。本当にチームに入りたいのか?」
「はい!」
「そうか。2人はどうだ?」
「私は構いませんよ。マスター」
「私もよ」
テオルもレディアも異存はない様だ。
「涼、ここは厳しくも出来るが…。俺は歓迎する」
涼の顔が明るくなった。
「オリビアだ」
「テオルです」
「レディアよ。よろしくね」
「ん。俺はクラース。一応医者だよ。何か困ったことがあればいつでも来てくれ」
「やったな、涼ちゃん!」
「レッチェ!」
レッチェは嬉しそうに涼に抱きついた。
「これでメンバーの仲間入りだね!じゃあ後は…」
紅は思案するように涼の顔をみる。
「ファナイリファビリティーに申請を出しに行く必要があるな」
「あ、そうだった」
オリビアの言葉に、レッチェは急に何かを思い出したようだ。
「涼ちゃん、ギルドに入るには申請を出さないといけないんだ」
「うん」
「それは明日にしてはどうですか?今夜はもう遅いですし」
「そうだな、涼。一部屋空いているが、今すぐ寝れる状態じゃない。今日はレッチェの部屋で寝ると良い」
「じゃあ、さっそく準備しないといけないわね!」
「ありがとうございます!」
涼は本当に嬉しそうに、感謝した。
「レッチェ…」
「涼ちゃん、今日から一緒だぜ」
涼は親友との再会だけではなく、新しく出会った彼らについて、現実ばなれしていてとても信じられないような面持ちだった。だが。窓から見える星明りが、キラキラと輝きを放っている。静かな夜の森に確かに自分がいることを感じていた。
「行こ!涼ちゃん!ボクがお家を案内してあげる!」
紅は涼の手を引っ張り、診療所を後にした。レッチェも続こうとしたが、振り返り。
「ありがと」
一言だけ言って、紅と涼の後を追った。
「さあて、どうなるかね」
「いいさ」
オリビアは一言。その一言でどうにかなる、そう思えた。
「ここだよー!」
「おおー」
紅に案内されたSECHS(ゼックス)ハウスは2階だての大きい家だった。
「明るかったら、赤い屋根がよく見えるぜ」
「そうなんだ」
「早く!入って!」
エントランスは広々としており、壁の基調は苅安色だ。キッチンとダイニングとリビング、貯蔵庫。物置。ガレージ。そしてチームの指令室が一部屋。オリビアとレディアの寝室が一つ。テオルの寝室が一つ。書斎。バス、トイレ。トイレは2階にもある。そして地下室。多目的室。2階は紅とレッチェの部屋は両隣で、その奥が一部屋空いている。レッチェの部屋から地下室へと通じる階段も備わっていた。
「涼はこっち」
「ボクも一緒に寝ようかなー?」
「ダーメ、今日は女子禁制!」
「えー」
「紅、ありがとね」
「ううん、涼ちゃん!また明日ね!」
おやすみー!と紅は自室へと戻っていった。
涼はレッチェの部屋に入る。
「ここがレッチェの部屋」
「そう」
部屋の壁紙は紫のライラック色。レッチェは窓際の黒いベッドの上へと腰かけた。そして手で涼に椅子へ座るように促した。涼はこちらも黒い、1人掛け用のヴィンセントソファに座った。部屋には木目のしっかりしたワードローブと、揃いのキャビネット。黒い天板のラウンドテーブル、その上に雑誌を良く読むのか何冊か置かれていた。姿見には入口が映るように置かれている。他に筆記具が少しと茶色のトランク。あとは何かの木箱が床に置かれている。
「カッコいいね」
「ありがと」
レッチェは手を後ろについて、涼を見る。
「涼ちゃん」
「何?」
「来てくれて良かった」
「俺も。レッチェにまた会えて良かった」
窓にかかるミッドナイトブルーのカーテンを指し。
「海が近いんだ。今度行こうぜ。…その前に、街へ行かないとな」
「その街は近いの?」
「いや、少し離れているかな。近くにはサイフォンの街があるんだ。そこも今度案内するよ」
「何だかわくわくするな。ホントに夢みたいだし」
「夢じゃないよ。今、こうして目の前に俺がいるでしょ?」
「そうだね」
「明日は早いし。もう寝よ」
「うん、…って。一緒に寝るの?」
「そうだよ」
勿論と言いたげなレッチェ。涼は少し照れてしまいそうだったが、親友とこうしてまた会えたこと、ヒュドラを倒したこと、違う星に来たという事。夢いたいな現実。激動の一日だった。
(明日目が覚めても夢じゃありませんように)
涼はそう願って、眠りについた。