SECHS1長篇小説第11話『プリンセス・ティレイサ 11』。

投稿者: | 2021年1月5日

 少しばかり長い廊下を、執事は主人のもとへと黙々と歩いていく。ティレイサはオリビアの言葉が気がかりだった。ふと隣を歩くレッチェを見る。レッチェは執事を見ている様に見えたが、ティレイサが自分を見ていると気付き、ティレイサの方を安心させるように、目を向けた。

「オリビアの言葉が気になる?」

「え、ええ」

レッチェはお見通しのようだ。

「ティレイサ、君はここへ王の為に来たと思っているの?」

「…いえ」

「そうだよね。君は分かってる。ディレーがどんな人物か。見極めるために来たんだろ?」

ティレイサは頷く。

「だったら、俺はそれを邪魔するものを排除する。君を守るよ」

「レッチェ…」

それは仕事の内の事だろうと分かってはいても、ティレイサはレッチェに少しずつ惹かれ始めているようだ。だが今は目の前の。自分の初めて会う婚約者のことを考えねばならない。ティレイサの王がいる城の雑木林を抜けて、さらに奥の森の中。強固な門構えを備えた、大きな屋敷に、使用人達と暮らしているディレー氏。オリビアはティレイサの事を知らないわけでは無いと言っていた。

(もしかしてどこかで会ったことがあるのかしら?)

ティレイサが考えているうちに、どうやら目的地についたようだった。

「ここです」

執事は扉の前に立った。

「いい?姫」

「ええ」

執事はその扉を開けた。

広い部屋の中には、大きな食卓テーブルと椅子が向かい合わせに12脚並んでいる。テーブルには白いユリの花を基調として、小さいいくつかの花と添えられていた。

そしてテーブルの1脚に、1人の男が座ってこちらを見ていた。

「姫」

男は言葉を発した。男の歳は28歳くらいといったところか。薄い灰色がかった切りそろえられた短い髪に、鼈甲色の瞳を柔らかくティレイサへと向けた。白いシャツに黄色いタイ、ベージュのベストをまとい、それと揃いでベージュのパンツを穿いている。そして黒の革靴を履いていた。男は続ける。

「よく来てくれたね。私はディレー・カーッドック」

「あなたが、ディレー様」

「そうです」

姫は1礼した。

「申し遅れました。私はティレイサ・サンドウェルと申します。彼は」

「レッチェです。姫の護衛です」

ディレーは頷き、

「姫、レッチェさん。どうぞ掛けてください」

2人はディレーに促されるままに椅子へと座った。姫はディレーを見つめた。

(この人が。父が婚約者と決めた人)

レッチェはティレイサの隣に座っている。レッチェもディレーを見た。

「ティレイサ姫。ここへ来てもらったのも他でもない。君のお父上の事で、少し話を聞いたのでね」

「父の事、ですか?」

「そうなんだ。だが、それは口実だよ」

ディレーは続ける。

「成長した君に会ってみたくなったんだ」

「!…やっぱり、お会いしたことがあるのですね」

「君が覚えていないのも無理はないかもしれないね。まだ君は幼い頃だ」

(そんな昔に…でも、どこかで会ったような…)

ディレーは、ティレイサの様子を見て、ふっと笑った。それを見て、ティレイサは慌てて話を戻そうとする。

「父の事というのは…」

「君のお父上、王が今困っていると小耳に挟んだ。城の事でね」

「…それは」

「私は慈善事業家では無いが、お父上とは知らない仲ではない。と言うより、昔世話になったことがあるんだ」

「父上に?存じませんでした」

「それは構わないんだ。ただ、出来ることなら助けになりたくてね」

「そんな……でも、本当に?」

ティレイサにとっては、初めて聞かされる事ばかりだった。だが、城を、父を救えるかもしれないと、少し心が揺らいだ。

「それには、何か条件が?」

ティレイサは何とか言葉を発した。

「いや、君とこうしてまた再会出来ただけで十分だ」

ティレイサはあっけに取られた。いくら姫でも、急に、それもこんなに助けになる話を、何も無くあるだろうか?と。

「ディレー」

呆然としているティレイサに代わって、レッチェは尋ねる。

「本気で言ってるの?」

それも単刀直入に。

「レッチェさん。勿論本当だよ。これでも…」

ディレーが喋ろうとした時、部屋に声が飛んできた。

「ディレー、その辺にしておいたらどう?」

「ど、どなたですか?」

現れたのは、1人の女だった。金髪をカールボブにし、袖にレースがあしらわれているセミフォーマルの黒のドレスを身にまとっている。スレンダーな美人だった。

「あら可愛いお嬢ちゃん達だこと」

「あなたは?」

姫は突然現れた女性に動揺した。

「悪いけど俺、男なんだけど」

「あら、それはごめんね」

女性はディレーの元へと近寄り、しなり寄った。

「ヴァレッタ、どうしたんだい?」

「ふふっ、あんたの帰りが遅いから迎えに来たんだよ」

「今、大事な話をしているんだ。向こうへ行っていてくれないか」

「いえ!お邪魔な様なので私達が帰ります!行きましょう、レッチェ」

「ま、待ってくれティレイサ姫!」

ティレイサは一目散に扉へと向かった。

「…じゃーね、ディレーさん」

レッチェは部屋を出る最後に2人を見た。ヴァアレッタと呼ばれた女から魔神力を感じ取りながら。

「待ちなよ、ティレイサ」

「待てません!」

明らかに怒っている。ティレイサはツカツカと足早に`SECHSメンバーのいる部屋へと急いだ。レッチェはティレイサの目の前に立ちはだかって、ティレイサの足を止めさせた。

「!レッチェ、私は帰りたいの!邪魔しないで!」

「何怒ってるの?」

「いいでしょ!放っておいて!」

「ティレイサ、俺の話をよく聞いて」

「何よ!」

「ディレーは悪い男じゃなさそうだ。何ていうか」

(情報通りと言うか)

「何?」

「悪どい人間じゃないと思う」

「…それが何だと言うの?」

「あの女の人が来るまでの、ディレーの言葉は。きっと真実だよ」

「………」

そこまで言われて、ティレイサはようやく落ち着いた。

「でも、とっても素敵そうな女性がいるわ」

「そうとは限らない」

「え?」

「人は見た目じゃない。いや、あの女の人は見たままかもしれないけど」

「レッチェ」

「ティレイサの護衛ってことだから。まあ、任せてよ」

レッチェはティレイサに、にっと笑った。