少しばかり長い廊下を、執事は主人のもとへと黙々と歩いていく。ティレイサはオリビアの言葉が気がかりだった。ふと隣を歩くレッチェを見る。レッチェは執事を見ている様に見えたが、ティレイサが自分を見ていると気付き、ティレイサの方を安心させるように、目を向けた。
「オリビアの言葉が気になる?」
「え、ええ」
レッチェはお見通しのようだ。
「ティレイサ、君はここへ王の為に来たと思っているの?」
「…いえ」
「そうだよね。君は分かってる。ディレーがどんな人物か。見極めるために来たんだろ?」
ティレイサは頷く。
「だったら、俺はそれを邪魔するものを排除する。君を守るよ」
「レッチェ…」
それは仕事の内の事だろうと分かってはいても、ティレイサはレッチェに少しずつ惹かれ始めているようだ。だが今は目の前の。自分の初めて会う婚約者のことを考えねばならない。ティレイサの王がいる城の雑木林を抜けて、さらに奥の森の中。強固な門構えを備えた、大きな屋敷に、使用人達と暮らしているディレー氏。オリビアはティレイサの事を知らないわけでは無いと言っていた。
(もしかしてどこかで会ったことがあるのかしら?)
ティレイサが考えているうちに、どうやら目的地についたようだった。
「ここです」
執事は扉の前に立った。
「いい?姫」
「ええ」
執事はその扉を開けた。
広い部屋の中には、大きな食卓テーブルと椅子が向かい合わせに12脚並んでいる。テーブルには白いユリの花を基調として、小さいいくつかの花と添えられていた。
そしてテーブルの1脚に、1人の男が座ってこちらを見ていた。
「姫」
男は言葉を発した。男の歳は28歳くらいといったところか。薄い灰色がかった切りそろえられた短い髪に、鼈甲色の瞳を柔らかくティレイサへと向けた。白いシャツに黄色いタイ、ベージュのベストをまとい、それと揃いでベージュのパンツを穿いている。そして黒の革靴を履いていた。男は続ける。
「よく来てくれたね。私はディレー・カーッドック」
「あなたが、ディレー様」
「そうです」
姫は1礼した。
「申し遅れました。私はティレイサ・サンドウェルと申します。彼は」
「レッチェです。姫の護衛です」
ディレーは頷き、
「姫、レッチェさん。どうぞ掛けてください」
2人はディレーに促されるままに椅子へと座った。姫はディレーを見つめた。
(この人が。父が婚約者と決めた人)
レッチェはティレイサの隣に座っている。レッチェもディレーを見た。
「ティレイサ姫。ここへ来てもらったのも他でもない。君のお父上の事で、少し話を聞いたのでね」
「父の事、ですか?」
「そうなんだ。だが、それは口実だよ」
ディレーは続ける。
「成長した君に会ってみたくなったんだ」
「!…やっぱり、お会いしたことがあるのですね」
「君が覚えていないのも無理はないかもしれないね。まだ君は幼い頃だ」
(そんな昔に…でも、どこかで会ったような…)
ディレーは、ティレイサの様子を見て、ふっと笑った。それを見て、ティレイサは慌てて話を戻そうとする。
「父の事というのは…」
「君のお父上、王が今困っていると小耳に挟んだ。城の事でね」
「…それは」
「私は慈善事業家では無いが、お父上とは知らない仲ではない。と言うより、昔世話になったことがあるんだ」
「父上に?存じませんでした」
「それは構わないんだ。ただ、出来ることなら助けになりたくてね」
「そんな……でも、本当に?」
ティレイサにとっては、初めて聞かされる事ばかりだった。だが、城を、父を救えるかもしれないと、少し心が揺らいだ。
「それには、何か条件が?」
ティレイサは何とか言葉を発した。
「いや、君とこうしてまた再会出来ただけで十分だ」
ティレイサはあっけに取られた。いくら姫でも、急に、それもこんなに助けになる話を、何も無くあるだろうか?と。
「ディレー」
呆然としているティレイサに代わって、レッチェは尋ねる。
「本気で言ってるの?」
それも単刀直入に。
「レッチェさん。勿論本当だよ。これでも…」
ディレーが喋ろうとした時、部屋に声が飛んできた。
「ディレー、その辺にしておいたらどう?」
「ど、どなたですか?」
現れたのは、1人の女だった。金髪をカールボブにし、袖にレースがあしらわれているセミフォーマルの黒のドレスを身にまとっている。スレンダーな美人だった。
「あら可愛いお嬢ちゃん達だこと」
「あなたは?」
姫は突然現れた女性に動揺した。
「悪いけど俺、男なんだけど」
「あら、それはごめんね」
女性はディレーの元へと近寄り、しなり寄った。
「ヴァレッタ、どうしたんだい?」
「ふふっ、あんたの帰りが遅いから迎えに来たんだよ」
「今、大事な話をしているんだ。向こうへ行っていてくれないか」
「いえ!お邪魔な様なので私達が帰ります!行きましょう、レッチェ」
「ま、待ってくれティレイサ姫!」
ティレイサは一目散に扉へと向かった。
「…じゃーね、ディレーさん」
レッチェは部屋を出る最後に2人を見た。ヴァアレッタと呼ばれた女から魔神力を感じ取りながら。
「待ちなよ、ティレイサ」
「待てません!」
明らかに怒っている。ティレイサはツカツカと足早に`SECHSメンバーのいる部屋へと急いだ。レッチェはティレイサの目の前に立ちはだかって、ティレイサの足を止めさせた。
「!レッチェ、私は帰りたいの!邪魔しないで!」
「何怒ってるの?」
「いいでしょ!放っておいて!」
「ティレイサ、俺の話をよく聞いて」
「何よ!」
「ディレーは悪い男じゃなさそうだ。何ていうか」
(情報通りと言うか)
「何?」
「悪どい人間じゃないと思う」
「…それが何だと言うの?」
「あの女の人が来るまでの、ディレーの言葉は。きっと真実だよ」
「………」
そこまで言われて、ティレイサはようやく落ち着いた。
「でも、とっても素敵そうな女性がいるわ」
「そうとは限らない」
「え?」
「人は見た目じゃない。いや、あの女の人は見たままかもしれないけど」
「レッチェ」
「ティレイサの護衛ってことだから。まあ、任せてよ」
レッチェはティレイサに、にっと笑った。